キクイタダキ/12月8日、開戦の日

キクイタダキ/12月8日、開戦の日_c0233349_07500333.jpg


メジロさんより小さなキクイタダキさん、日本で一番小さい小鳥さんです。
カラ類の混群のなか、偶然に。
脇の紋が目に入り何の鳥さん?と思いつつシャッターを圧しましたが、わずか3カットのみ。
確認するとなんとキクイタダキさん。
この日、やっと時間を見つけて・・・お天気もあまり良くないのですけれど、リュックに雨具を詰め込んで。
三脚なし、山道は三脚でさえ重い。
ここに至るまで行ったり来たりして10キロは歩いていました。
膝が笑うほどでしたが、途中の美しい紅葉に魅せられ、時々おやつタイムをとりながら、
勝手気ままな山歩き、なんと幸せだろう。

なぜか、キクイタダキさんには偶然の出遇いが多い。
昨年もミヤマホオジロさんに遇いにいって・・・。
紅葉の中のキクイタダキさんは格別だなあとにっこりのお帰りでした。
いつか地元の公園で鳥さん観察を始めた頃出遇ったキクイタダキさんを
もとお隣さんと木道に仰向けになって見たことを思い出しました。

キクイタダキ/12月8日、開戦の日_c0233349_13351830.jpg

キクイタダキ/12月8日、開戦の日_c0233349_13353803.jpg

キクイタダキ/12月8日、開戦の日_c0233349_13355714.jpg


ヤマガラさん、色が良く分かりませんけれど。
キクイタダキ/12月8日、開戦の日_c0233349_13402944.jpg


キハダの実かしら、小鳥さんは大好きですね。

キクイタダキ/12月8日、開戦の日_c0233349_13361720.jpg





12月8日太平洋戦争開戦の日


この日を忘れることは出来ません。
日中戦争の最中、強国を相手に初めてしまった米英との戦争。
今のようにSNSもネットニュースもない時代。
開戦を聞いて多くの国民は何を思ったのだろうか。

開戦近い頃のメディア、今と異なりラジオと新聞のみだったけれど、開戦気分を扇動するような内容が続き、
一部反対する人々もあったが、それらの声はかき消され消滅していった。
日清戦争・日露は辛勝だったけれど、国民の多くの中に戦争すれば勝つものといった安易な考えがあったのではないか。
もしかしたら、また戦争に勝ったら、何か自分たちにも益が回ってくると思っていたかもしれない。
戦争への過程はいろいろな文献で私たちも知ることが出来るけれど・・・。

母は知らないうちに戦争が始まり
戦況が激しくなり、若者たちが召集され、とうとう父に赤紙が来るまで、現実感がなかったといっていた。
遠くの戦争、日常生活に変化がなければ、その道筋は見えない。
切り通しを抜けてパッと眼前に開ける風景のように、あるときを境に見えるようになる。
そして数百万という犠牲を積み上げるまで、流れに逆らうことも出来なかった。

戦争なんて国を守るのまもるためと言うけれど、実際には財閥や大企業のためだった。
政治家はその手先となり、官僚も手を貸し、多くの若者を戦地に送った・・・。
どのような理屈をつけようが、国民の為といいつつそれを大義名分に無謀な戦争に突入していったことは否めない。
一部の人々は戦争でさらに利益を得、戦争に家族を行かせないことも出来たという。
多くの若者が短い命を散らせていったのに。

再びがあってはならない。

今、
現政権の腐敗ぶり、あまりにひどい。
戦争に向かっていった戦前の道をたどりつつあるかも知れないと感じる。
戦争は政府だけでは出来ない。
それを扇動する一部の層とそれを助長するメディアや利益を得る人々、
そして、何よりそれを許容するか、無関心を決め込む人々・・・
戦争容認の空気は見えないうちに・・・。

お山はまだ台風の爪痕がそのままだった
山肌は削られ、流れ出し、山道を横切っていった。
小さな流れは、瞬く間に土石流にも成長する。
そんな山道を土砂をよけ倒木をよけ歩きながら、止めようのない流れの強さを思った。
戦争への道も気がついたときにはもう止めようがない・・・。




by akaiga-bera | 2019-12-10 23:48 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://gabera2.exblog.jp/tb/30624413
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 公園散歩:セキレイ3種+・・・ 夕景のコハクチョウ・・・ >>